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科学・技術

衛星通信の遅延と時刻 - 光速の限界が通信に与える影響

光速の限界 - 情報伝達の物理的上限

電磁波 (電波、光) の伝搬速度は真空中で約 30 万 km/s であり、これは物理法則による絶対的な上限です。地上の光ファイバー通信では、ガラス中の光速が真空の約 2/3 (約 20 万 km/s) に低下しますが、衛星通信では電波が真空 (宇宙空間) を伝搬するため、ほぼ光速で信号が届きます。それでも、衛星までの距離が大きいため、無視できない遅延が発生します。

遅延の計算は単純です。距離を光速で割れば片道の伝搬時間が求まります。静止軌道衛星 (GEO、高度約 36,000 km) までの片道伝搬時間は約 120 ミリ秒、往復で約 240 ミリ秒です。地上局→衛星→地上局の経路では、最低でも約 480 ミリ秒 (往復 2 回分) の遅延が発生します。これは人間が会話で「間」を感じる閾値 (約 300 ミリ秒) を大きく超えています。

軌道高度と遅延の関係 - LEO, MEO, GEO の比較

衛星の軌道高度によって通信遅延は劇的に異なります。低軌道 (LEO、高度 500〜2,000 km) の片道遅延は 2〜7 ミリ秒、中軌道 (MEO、高度 2,000〜35,786 km) は 7〜120 ミリ秒、静止軌道 (GEO、高度 35,786 km) は約 120 ミリ秒です。Starlink (LEO、高度約 550 km) の往復遅延は 20〜40 ミリ秒であり、地上の光ファイバーと同等レベルです。

GEO 衛星は地球の自転と同期して静止しているため、1 基で広大な地域をカバーできる利点がありますが、遅延が大きいためリアルタイム通信には不向きです。LEO 衛星は遅延が小さいですが、高速で移動するため多数の衛星 (Starlink は 6,000 基以上) でコンステレーションを構成し、ハンドオーバーを繰り返しながら通信を維持する必要があります。

音声通話への影響 - 衛星電話の「間」

GEO 衛星経由の音声通話では、発話してから相手に届くまで約 270 ミリ秒、相手の応答が返ってくるまでさらに 270 ミリ秒、合計約 540 ミリ秒の遅延が生じます。この遅延は会話のリズムを著しく損ない、話者が互いに「相手が黙っている」と判断して同時に話し始める「ダブルトーク」が頻発します。

ITU-T の勧告 G.114 では、片道遅延 150 ミリ秒以下を「良好」、400 ミリ秒以上を「許容不可」と定義しています。GEO 衛星通話の片道 270 ミリ秒は「許容範囲だが品質低下あり」に分類されます。イリジウム (LEO、高度 780 km) の衛星電話は片道遅延が約 40 ミリ秒であり、地上の携帯電話とほぼ同等の通話品質を提供できます。

深宇宙通信 - 分単位から時間単位の遅延

惑星間通信では、遅延は分単位から時間単位に拡大します。地球と月の間の片道遅延は約 1.3 秒、地球と火星の間は 4〜24 分 (軌道位置による)、地球と木星の間は 33〜54 分です。ボイジャー 1 号 (2026 年現在、地球から約 240 億 km) からの信号は片道約 22 時間かかります。

この遅延は、惑星探査機の運用に根本的な制約を課します。火星ローバーをリアルタイムで遠隔操作することは不可能であり (往復 8〜48 分の遅延)、ローバーは自律的に障害物を回避し、地球からは高レベルの指示のみを送る設計になっています。将来の有人火星探査では、地球との通信遅延が宇宙飛行士の心理的孤立感を増大させる要因として懸念されています。

宇宙空間での時刻同期 - 光速遅延の補正

深宇宙探査機の時刻管理では、光速遅延を正確に補正する必要があります。探査機からの信号を受信した時刻から伝搬遅延を差し引くことで、信号が発信された時刻 (探査機上の時刻) を推定します。この計算には、探査機と地球の正確な距離 (軌道力学に基づく計算) と、相対性理論による時間の遅れの補正が必要です。

NASA の深宇宙ネットワーク (DSN) は、カリフォルニア、スペイン、オーストラリアに配置された 3 つの通信施設で構成され、地球の自転に関係なく 24 時間連続で深宇宙探査機との通信を維持しています。各施設間の経度差は約 120 度であり、地球のどの面が宇宙を向いていても、少なくとも 1 つの施設から探査機が見える設計になっています。

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